新神戸 岡山 宍道
6:38(ひかり443号)7:16 7:49(やくも1号)10:38 11:18(1447D)
備後落合 新見 岡山
13:55 14:00(444D)15:21 15:26(やくも20号) 16:30
岡山 姫路 三ノ宮
16:44(1326M) 18:07 18:27 19:06
(旅のはじまり)
4月21日、朝日新聞夕刊の一面「ぷらっと沿線紀行」を読んだ。JR木次線亀嵩駅(島根県出雲町)は松本清張の小説「砂の器」の舞台となった処である、読んでいる内、随分前に読んだ記憶を思い出し行ってみたくなり、新聞の記事を隈なく読み、前に貰っていた元同僚石原君の紀行文を用意し一人旅の準備に取り掛かった。
木次線の目玉は、「松本清張の名作(砂の器)」・「雲州そろばん」・「ヤマタノオロチ神話」・「出雲坂根駅の3段スイッチバック、延命水」・「出雲横田駅の社殿造り駅舎」と盛り沢山のロ−カル線である。
(旅行日)
出雲地方は日本海に面し、天気が変りやすい、5月連休明けの天気予報を注意深く見ていると、3日続きの晴天のど真ん中が15日に当たる、この日なら大丈夫だろうと旅行日を決めた。
前日、JR本山駅にジパング手帳を持って切符を購入に行った。連結切符は乗車駅 摂津本山―三ノ宮(東海道)―新神戸―(山陽新幹線)―岡山―(伯備線)―宍道―(木次線)―備後落合―(芸備線)―新見―(伯備線)―岡山―(山陽・東海道本線)―降車駅摂津本山。
窓口の職員が鉄道地図を虫メガネで見ながら、神戸市内から備中神代駅までの切符と備中神代駅から神戸市内までの2枚の連結切符を打ち出して呉れた。説明では備中神代駅と新見駅間は芸備線と伯備線がダブッテいるからだそうだ。それに往きの新幹線新神戸・岡山間、伯備線「やくも1号」岡山・宍道間、帰りの伯備線「やくも20号」新見・岡山間、それぞれの特急券を購入した。
日帰り旅行は持ち物も少なく、カメラ・ダイヤ・お茶・新聞の切り取りや資料等を手提げカバンに入れ用意しておいた。
朝早く起きるのは自信があるが、今回のようにダイヤ通りの旅行には朝、躓くと旅行が台無しになる、念のため目覚まし時計を午前4時半にセットしておいた。
(5月15日火曜日)
不思議にも目覚ましの鳴る10分前に眼が覚めた。身支度を整え、寝ている2匹のシェルティ犬を起こし、散歩に出掛けた。外はもう明るく夜が明けていた。2匹の犬とも迷惑そうにボソボソと付いてくる、いつもの散歩コ−スを省略し、早めに家に戻った。
JR摂津本山駅5:59に乗車、こんな早い時間の電車にしては乗客が多くやっと座れた。神戸空港へ行くお客か文平同様三ノ宮駅で大半が降りた。
神戸地下鉄に乗り換え新神戸駅には早めに着いた。6:38発の「ひかりレ−ルスタ−」1号車自由席は5〜6名とガラ空きの状態。途中姫路駅に停車、7:16岡山駅着。乗り換え時間が30分あり売店を物色、缶ビ−ルとつまみを仕入れ伯備線のホ−ムに、特急「やくも1号」は6両編成5号車は喫煙の自由席、6号車は禁煙の自由席となっており6号車の乗り場は既に列が出来ている、反対に5号車は1〜2名と少ない、当世タバコを吸う人も減ったものだ。窓際のいい席に座りたく少ない5号車に並びそこから通路を通り6号車に入ればいいと思った。「やくも1号」定刻通り岡山駅7:49発車。車両中央にダクトがあり一人掛けの椅子があるがその後の席に座った、ここだと足も延ばせ贅沢な席だ。
(伯備線)
7:49発車したこの「やくも1号」に約3時間弱の乗車である。倉敷にさしかかった頃、買っておいたビ−ルを開け飲み始めた。長年ビ−ルを飲んでいると最初の一口でその日の体調がある程度分かる、苦く感じる時とそうでなく旨く味わえる時がある。今日のビ−ルは喉が乾いていたせいか格別旨く感じた。タバコのキャチフレ−ズじゃないが「今日も元気だビ−ルが旨い」そのもののようだ。
伯耆国と備中国を結ぶ中国山地越えの幹線、伯備線は山陽本線倉敷駅を起点に山陰本線伯耆大山駅を終点とする。
倉敷を出ると高梁川が接近。豪渓駅過ぎたころから山あいに入り板倉氏の城下町備中高梁駅に停車。列車は中国山地の懐にかかりカ−ブの連続、何回も高梁川を渡り、途中我々仲間で行っ
た観光地井倉洞のある井倉駅を通過。姫新線と芸備線が接続する新見駅に到着。購入した連結切符の表示のように備中神代駅で芸備線と別れた。さらに深い山あいを高度を上げて走る。岡山と鳥取の県境の谷田峠トンネルを抜けると石見川に沿って下り、伯耆溝口駅あたりで車窓の右手に大山の雄姿が眺められた、残念ながら天気が良すぎてモヤが覆いぼんやりとしか見えなかった。
(宍道)
「やくも1号」は定刻10:38分宍道駅に着いた。降りたのは2名だけ跨線橋を渡り小さな駅舎を抜け駅前に出る。どうも特急が停まる駅としては相応しくない寂れた町並みのようである。ただ貧弱は駅前にしては立派な郵便局が目についた。
木次線の列車まで40分、朝早かったので、何処かで昼食をと狭い駅前道路を歩いたが、どの食堂ものれんがかかっていない、早くても11時かららしい、やむなく宍道湖でも眺めようと途切れも無く車が走る国道9号線の長い信号を待ち、宍道湖畔に出た。ここでもかすんで対岸ははっきり見えなかった。
しかたなく又来た道を引き返したが、人に会わない、たまに2〜3名の人に会ったがそれも歩行の車を押しながらの老婦人であった。
駅舎に戻り一軒だけあるキオスクで菓子パンを買い、駅のベンチで素早く食べた。
(木次線)
少し早い目にホ−ムに入った。木次線は跨線橋を渡った3番線、入ってきた気動車は2両編成、後ろの一両は回送車でドア−を閉めたままである。先頭車両はトイレ付きでボックス席4箇所とあとはロングシ−トのワンマンカ−である
。乗客は4人づれのグル−プと数人、もちろん4人掛けのボックス席を占拠出来た。
木次線は宍道湖のほとりを発ち出雲神話で彩られた奥出雲へと分け入り、自然と浪漫に満ちた沿線で、山陰本線の宍道駅と中国山地を縫う芸備線の備後落合を結ぶロ−カル線である。
木次線の前身は私鉄の簸上(ひかみ)鉄道で、たたら製鉄師として財を成した絲原家の13代武太郎が奥出雲の米、木材、木炭の輸送、連絡を主眼に大正5年(1916年)10月宍道駅から木次駅まで開業させた。その後、国鉄が買収して随時延伸、芸備線の備後落合駅までの全線が昭和12年(1937年)12月開通した。
宍道駅を出た列車は赤川に沿って勾配を登って行く、「南宍道」、「加茂中駅」、「幡屋駅」と過ぎるが乗降客は一人もない、人家もまばらで過疎地ぶりが良く分かった。それでも無人駅の近くにキャンペンをしているのか赤いのぼりを立てた立派な郵便局が目に付いた。出雲風土記に記述が残る名湯海潮温泉のある「出雲大東駅」で女子高生10数名が乗り込んできた。にわかに車内が活気付き様相が変った。
木次駅には定刻11:52に到着、3分の停車。ここで女子高生等大半が降り、又元の4人グル−プと数人になってしまった。
(亀嵩駅)
木次駅からは斐伊川渓流を遡り、暫くして分かれ、進むにつれ奥出雲の深い山間部に入った。「日登」、「下久野」、「出雲八代」、「出雲三成」ここは馬木川に沿った大渓谷で巨岩や奇石が無数に横たわる、奥出雲随一の景勝地「鬼の舌震」のある処である。次の駅が「亀嵩(かめだけ)駅」である。
亀嵩駅は周知のように松本清張の名作「砂の器」の舞台として有名になった。
小説の謎解きの鍵となる「ズ−ズ−弁」。丁度文平が働いていた時、会社に少しズ−ズ−弁に近いような訛りのある人が居たがこの人の出身が島根であった。
手打ちの出雲そばを賞味出来る駅としても人気が高い、駅は無人で管理を委託された店主が開いたそうである。亀嵩はまた、雲州ソロバン発祥の地でもある。
なんでも、日本刀の材料、玉鋼(たまはがね)を産するこの地方は珠に使う硬い木を削る高品質の刃物が入手出来たことが産業として根づいた理由と云われる。
残念ながら停車時間がなく車外に出られない車窓から見ただけである。
(出雲横田)
亀嵩駅の一つ先が出雲横田駅である。10分間の停車時間があり駅前に出て見た。この地にヤマタノオロチ伝説でスサノオノミコトに
助けられたクシナダ姫を祀る稲田神社があることから、社殿造りの駅舎が昭和9年(1934年)鉄道開通と同時に竣工した。駅舎の入り口には、駅員や運転手が撚ったと云う出雲大社のような太い注連縄(しめなわ)が飾られていて。70余年経っているが神社と間違えてもおかしくないほど、荘厳な造りの駅舎である。
この駅で後に連結されていた回送車両がはずされた。
(出雲坂根)
一両になったワンマン車が発車。次の「八川駅」を出ると中国山地脊梁に向け高度を上げて行く、ほどなく出雲坂根駅に到着した。この駅のホ−ムには「延命水」と云う名水が湧いている。しかし停車時間はわずか3分。ワンマン車の運転手さんが飲みに行ってらっしゃい、合図しますからと云われホ−ムの端にある水飲み場で持っていたお茶のボトルを空にし「延命水」を詰めた。そして置いてあった柄杓で飲んだ、冷たい水だった。夏冷たく冬は暖かい湧き水である。
由来によると昔、狐、狸が多く、しかも寿命100年を越えたと思われる古狸が好み飲用したことから、里人も長寿の霊水と称し、延命の水と名付けられたそうである。
出発しますと云われ大きなペットボトルで詰めていた4人グル−プも戻り発車した。急峻な中国山地を越えるため、列車は800m程バックしながら坂を上がりポイントの処に対雪のための小屋があり、そこで停車、運転手は車内を移動して反対側の運転席に、今度は前進して次の坂を上って行く、急勾配をジグザクに上って行く3段式スイッチバックである。「出雲坂根駅」が眼下に見える。次の「三井野原駅」との高度差160m以上にもなるそうだ。
(備後落合)
急な坂を上がり切ると、国道314号の日本最大級の二重ル−プ「奥出雲おろちル−プ」が見え、まさに中国山地ならではの絶景である。駅前にゲレンデのある「三井野原駅」を過ぎると一転して下り勾配になり、集落を抜けて、終点、「備後落合駅」に到着。木次線81.9kmの旅であった。
備後落合駅では芸備線の新見行きと三次行きのそれぞれのワンマン車両が待っていた。線路上にある足場を通り新見行きの車両に乗車、5分の接続で発車した。この車両もトイレ付きの120型の気動車だった。乗客もまだらでやはり4人掛けシ−トを一人占め出来た。
(芸備線)・(伯備線)・(山陽本線)・(東海道本線)
中国山地西部の山合いを走る芸備線は、全線を通して運転される列車はなく備後落合以東を走る列車は備中神代駅から伯備線に乗り入れ新見駅に向かう。
備後落合駅を出てから無人駅が続き、降りる人もなければ乗る人もない、朝早くから起きたせいか列車にゆられ、ついうとうとしている内に備中神代駅に着いた。ここからは今日の午前中通った見覚えのある伯備線に入り、新見駅に到着。着いたホ−ムはみすぼらしいロ−カル線を思わせたが、跨線橋を渡り伯備線に行くと立派な本線用のホ−ムであった。5分の接続であまり時間がない、何か食べ物でもと思ったがとても購入する時間のないままホ−ムに並んだ。
先頭の6号車が禁煙で自由席である、5〜6名の人が乗り込んだ。車内はがらがらで好きな処に座ることが出来た。
岡山には16:30着14分の待ち合わせ時間である。今岡山駅は一部工事中で山陽本線のホ−ムが分かりにくい、同じホ−ムに姫路寄りと広島寄りに二つ番号がある、やっと姫路行き普通電車のホ−ムを見つけ行って見ると高校生等が多く長蛇の列である、やむなく先頭車近くまで行き比較的少ない列に並び座る事が出来た。岡山からは学生が降りたりまた乗ってきたり目まくるしく乗客が動き、その内に全員が座れるようになった。
順調にダイヤ通り運行していた姫路行き普通電車、上郡駅に着いてハプニングが起こった。構内放送で智頭急行の列車が送れ、その列車待ちをすると云う、上下線の列車が足止めになった。10分遅れて到着。後は遅れたまま姫路駅に着き予定していた12分発の新快速に乗れず、次の27分発になったが運悪く播州赤穂発になり相当の人が乗り込んで居り一人座るのがやっとであった。
家に帰れたのは少し送れ7:30分であった。
今回は、夕刊の記事に魅せられ、松本清張の名作「砂の器」、だけでなく出雲風土記の舞台となった、魅力あるロ−カル線を探訪し、たっぷり堪能させてもらった、ただ旅の目玉であった「亀嵩駅」に降り立つ事は出来ず車窓からの眺めになったが、全体として有意義な日帰り旅行であった。