(1) はじめに

1999年(平成11年)6月30日、永年勤めた会社を退職した。
退職する少し前、同じ時期に退職する仲間と、退職に伴う、年金、社会保険、税金対策等の手法について話し合っていた、特に在職中、技術系統で活躍した人は手続きに出てくる言葉自体が始めて聞くようで難解のようであったが、お互いが理解出来るよう、何回も会合を開き、準備していた。

仲間の一人で当時、関係会社の社長をしていた瓜生さんが、後々のフォロ−と、来年早々に提出する税務申告の事もあり、退職後も定期的に集まってはと云われ、是非、集まって情報等の交換をしましょうと、約束し退職した。

その年の12月、工場全体のOB会(師走会)があり、その席上、瓜生さんが年が明けたら、税務申告の時期にもなるので、一度集まりましょうかと云われ、年明けの、1月12日(水)に決め、仲間に知らせた。

日がはっきりしないが、その後、瓜生さんから電話が入り、「1月12日は都合が悪くなったので、私は欠席します、ほかの皆さんは集まって下さい、」と元気な声で聞いた、それで、「別に急ぐ事もないので、瓜生さんの都合の付く日まで延期しますよ、」と云い電話を切ったが、この電話が、彼と話した最後となってしまった。

年が改まった、2000年2月23日、彼の訃報の知らせが入った、寝耳に水に、我が耳を疑った、後で聞くと、私に電話のあったのは、病院に入院する日程が決り、それで断わってきたらしい、そして、1月に再度入院し、帰らぬ人となってしまった。
翌、24日通夜、25日葬式、場所は垂水平安祭典で執り行なわれた、仲間の一人、越生さんが粛々と心のこもった弔辞を述べ、永久の別れとなった。

亡くなった瓜生さんの遺志を継いで、月例会の名のもと、月に一回を目標に集まるようになった、メンバ−も口コミで増え、今は10名を数えるようになった。
その内、毎月、同じ場所(兵庫工場…りようりん…)に集まるのもどうかと云うことになり、平成14年3月27日長浜・木の本・北近江、青春キップ(JR一日乗り放題)による日帰り旅行を第一回として旅行にも出掛けるようになった。                       (平成15年7月記)